2020/08/05 13:02

1999年夏

その”いじめ”とやらが始まったのは翌朝からだったという。
まるで他人事なのは、私は自分が”いじめ”にあっていると自覚するまでに一週間ほどかかったからだ。
朝は叔母が親しい、近所の娘さんと登校していたのだが、
その子は1年生なのに、凄く正義感が強く、気が強い子だった。
朝は一緒に登校したが、帰りは彼女が部活だったため、私は一人で下校していた。
”じぇいちゃん!そんなにゆっくり歩いとると遅れる!もうちょっと早よ歩こ!”
毎朝のようにてきぱき歩く彼女に言われながら私はだらだらと登校していた。

玄関で靴を脱ぎ、上履きを取ろうとした時に彼女が”じぇいちゃん!ストップ!!ちょっと待った!!”
と、私の上履きに伸ばした手を握った。

”なになに??”私はびっくりして彼女を見た。
彼女は真剣な眼差しで私の上履きを見ながらこう言った。
”やっぱりね。ほら、やっぱり毎朝変やなあって思ってたんよ。”
なにが?

”昨日私が珍しく部活休んで一緒に歩いて帰った時に確認したから間違いない!
じぇいちゃんの上靴毎朝最近左右逆になってたやん?私じぇいちゃんがそうやって入れてるんやと思ってたんやけど、じぇいちゃんは昨日ちゃんと揃えてしまってた!”

なんの話をしているのか?

”みて!今のじぇいちゃんの上靴、左右逆になってる!”

私は自分の上靴を出してみた。
つま先がそってそっぽ向いていた。

確かにこの一週間ほど毎日こうなっていた。
でも、これは自分が適当にしまいこんだものだと思っていたから、全く気にせず
はく前に直してはいていた。

”これ、いじめだよ。”彼女が小声で深刻な顔をしていうので、私は思わず笑ってしまった。

”大丈夫だよ?こんなのいじめじゃないよ。”と私が笑って言っても彼女は笑わなかった。

”じぇいちゃん、真剣になって!他に何かされてない?無視されてない?”

考えてみる。

確かに、この一週間ほど、廊下ですれ違った際に交わす挨拶とか、返してくれない子達はいた。
主に3年生の女子だ。

同じ2年生の女子たちも、私が来ると黙ってしまったり。

でも、私は特に傷ついたり、嫌な気分になったりはしていなかった。

しかしここで、これが”いじめ”なんだと言われてしまうと、気になってしまう。
元々人間観察が好きな私はこの日からさらに皆を見てしまうようになった。
ようは、みんなを信じなくなり、疑いの目しか向けなくなった。

そしてやはり今回の日本での短期留学も、孤独を感じた。

その日の昼休み、
私はいつものように、あるノートを取り出し、書きだした。

ミカエルへ、

どうやら、私の事が嫌いな子がいるらしい。
今回の日本での学校も、やっぱり寂しいな。

ぽた、ぽたと書いた文字に涙が落ちた。
どうやら私は悲しいらしい。

早く学校生活を終わらせたい。

早く、ミカエルに逢いたい。

この頃の私は、悲しくなったり、泣いたりすると、何故か急に睡魔に襲われた。
そのまま眠ってしまうのだ。

気づけば授業が始まっていた。
ミカエルへの長い手紙は涙でぐちゃぐちゃだった。