2020/09/25 14:50

15歳の姉、あきえが妊娠した。

当時6歳だった私はその場に座り込み、考えた。
あきえのお腹の中に子供がいる。
私みたいな子供が、あきえの中にいると父は言っていた。
いったいどういうことなのだろうか。
私、という子供にはお父さんとお母さんがいる。
でも、なぜあの人がお父さんで、あの人がお母さんなのだろうか。
私はどこから来て、どうして物心ついた頃にはあの二人が好きだったのだろうか。
どうして毎日一緒に暮らし、どうして毎日言うことを聞いているのだろうか。

心臓のドキドキが増す。呼吸が速まる。
胸ムカムカしてきた。

そして、私のような子供ができるとこんなにも人は怒り、悲しみ、怒鳴り、泣くのだろうか。

子供とは、できてはいけない病気みたいなものなのだろうか。

手足のしびれと同時に強烈な吐き気が襲う。
私はその場で両手を絨毯につき、吐いてしまった。

毒だ。
さっき食べたキャンディーのせいだ。
涙で目の前がかすんだが、
甘くて酸っぱい、キャンディーの臭いがして何度も吐いた。

”里恵!どうしたの?気持ち悪かったの?大丈夫?”

おばあちゃんの慌てる声がした。

母の母である、私の大好きなおばあちゃん。
小さいのにとても強くて、頑固で。
おばあちゃんのずっしりとした手が私の背中をさすった。
おばあちゃんの声を聞き、神殿に居た父が私に気づき、やってきた。

”大丈夫か?”父のびっくりした声に私は涙を流しながらうなずいた。
”タオルを持って来ますね”とおばあちゃんがキッチンへ行こうとした時、
母が階段を走り降りてくる音がした。
築50年以上の古びた家はあちこちがきしみ、声はあちらこちらで囁く。
母が勢いよく私の元へ走ってきて、父を払いのけた。

”どうして吐いちゃったの??キャンディーを食べたからでしょ!!
あきえにもらったキャンディーを食べたから気持ち悪くなったのよ!
毒よ!毒よ!このキャンディーは!!”

母が時々この時のようにヒステリーを起こすことは度々あった。

”落ち着け。”父の低い声がした。
父の声には怒りと警戒心の音がした。

母は黙って私の背中をさすり続けた。
おばあちゃんがタオルや掃除道具を持ってきて、私の汚物の片付けを嫌な顔もせず、
”はいはい、大丈夫だから少し寝てきなさい。”といってくれた。

”おばあちゃん、ごめんね。”私は泣きながら謝った。

無言に陥ってしまった母に体を任せ、私は二階にある寝室へと連れていかれた。
その際、神殿を通るのだが、あきえは一人絨毯の上に座り込んでいた。
母はまるであきえがいないかのように私を抱えた。
”大丈夫よ。大丈夫。”母は呪文のように小さな小さな声で私の耳元で何度も言った。
私に言っていたのか、自分自身に言い聞かせていたのかは分からない。

私はあきえの顔を見た。
見てしまった事をすぐに後悔した。

涙で化粧が崩れたあきえの顔。
私を睨む目。

純粋な憎しみで満ちた姉の目に、
私は殺されていくような感覚だった。

子供が出来ることは、
こんなにも不幸なことなのか。