2020/10/24 09:31

目が覚めた部屋は真っ暗だった。

いったい私はどれほど眠っていたのだろうか。
ベッドから体を起こし、辺りを見渡してみる。
おばあちゃんとシェアしていた二階のベッドルームは約14畳ほどあり、
おばあちゃんと私のベッドは部屋の反対側にあった。
お互いの方に広々としたクローゼットが一つずつあり、
テーブルやタンスも一台ずつあった。
築50年以上も建っていた古いアメリカのビクトリアンスタイルのお家は、
私が二歳になる前に越して来たという。

二歳になる前。
なのに、越して来た日の事を私は覚えていた。

玄関を入った途端に鼻が曲がるような臭いがした。
玄関を入ってすぐの部屋は12畳程の暖炉があるリビングルームだった。
このリビングルームには後に、父が神殿を建てた。

記憶は飛び飛びだが、悪臭の中、リビングには白人の夫婦とでかい犬が居た。
記憶の中の奥さんの顔はのっぺらぼうだが、お腹が突き出した巨体な夫の方は茶色いひげがあり、
ほっぺが赤く、息が荒かった。この夫婦には子供は居なかった。

でかい、毛むくじゃらな犬は大人しく、ご主人の隣にじっと座ってはあはあしていた。

夫婦は、この家を私たちへと引き渡す、前の住人だった。

日本では長男が家を継ぎ、代々その家を、土地を守るという文化がある。
しかし、アメリカにはそのような文化はない。

家を買い、子供が生まれれば、子供が高校を出るまでの義務教育の間親子で暮らし、
子供が大学や就職を機に”両親の家”から出る。

そしてその子供はまた、違う家を買う。

日本と違い、アメリカでは家が古くても、どんな状況でも、様々のニーズがあるゆえ、
売れるのだ。

私が生まれたあの小さな緑の家は、家族6人には小さすぎた。
そして教会という事もあり、どの家でも、一つの部屋は神様の部屋にしなくてはならない。
神殿はあの小さな緑の家でも、父が上段から神棚まですべて手作りで作った。
家を手放す際は自ら解体した。

古くて臭いが、二階建ての大きな家と前と後ろの巨大な庭付き物件はその頃の両親には嬉しい条件だった。

真っ暗な部屋へ大きな窓から月明かりが差し込んでいた。
私のベッドサイドのデジタル時計が3AMを過ぎていた。
ぼんやりとベッドに座り込んで記憶を巡らす。

夕方。あきえおねえちゃん。両親。喧嘩。妊娠。嘔吐。

そうだ。
あきえのお腹に赤ちゃんができた。

私はゆっくり、音を立てないようにベッドから降りた。
おばあちゃんのベッドの方へ忍び足で歩いた。
もっこりとなっていたブランケットの陰に、おばあちゃんの寝息が聞こえた。
一気に安堵感に満ちた。
大好きなおばあちゃん。
曲がった事が大っ嫌いで、だらしない事も怠ける事もしょっちゅう怒られるけど。
おばあちゃんがそばに居てくれるだけで、いつも勇気が出た。

目がしっかりさえてしまった。
ベッドルームの扉を開けると、まっすぐな廊下があり、すぐ右側にトイレとお風呂があった。
廊下の左側に二番目の姉の部屋があり、
廊下の突き当たりを右に行くと本棚とビデオの棚があった。
そのまた突き当たりを左に行くと真っ正面に両親の部屋があり、右側には1階へ降りる階段があった。

トイレに行こうとベッドルームを出たが、
真夜中だったのに、二番目の姉の部屋から光りと音楽が遠慮気味に流れ出ていた。
そしてあきえの声もした。

心臓がドキドキしだした。

姉たちの話を聞きたい。

私は、忍び足で姉の部屋の扉の前へ行き、耳を澄ました。