2020/11/26 12:00
真夜中に忍び足でも、古い家の廊下はふわふわなカーペットの上からでも、きしんだ。
それでもなんとか姉の部屋の扉の前にたどりつき、耳を澄ました。
ラジオはZ100という当時のティーンエイジャーに愛されていたステーションが流れていた。
姉たちは流石に眠ってしまったのか?
しばらくの沈黙が続いたので、私はつばを飲むことも忘れて潜んでいたので、
ゴックンとつばを飲んだ。
”皆が起きる前に行くの?”二番目の姉、ゆきえの声がした。
とっても眠そうな声だった。むしろ一瞬寝ていたかのような声だった。
”うん。また怒られるだけだし。彼氏がもうすぐ迎えにきてくれる。”
あきえの声ははっきりとしていた。
”でも、お父さんはあきえの話ちゃんと聞いてるし、急にまた居なくなったらお父さん心配するよ?”
ゆきえのしっとりとした声。
”お父さんにはまた連絡する。”あきえはむすっと答えた。”でも、あの人には話したくない。またヒステリー起こすだけ。”
母の事だ。
”お母さんはびっくりしちゃっただけだよ、みんなそうだよ”とゆきえが宥めた。
”違う!あの人は私の事が嫌いなの。ずっと前から。あの人はあなたとさとえだけいればいいの。私はあの人にそう言われたの!”
あきえは怒りをあらわにし、声を荒げた。
”今日だって、私がさとえに毒入りのキャンディーをあげたって本気で思ってたじゃない。さとえもさとえよ、きっとお母さんとお父さんが私に夢中になってたから、わざと吐いて気を引いたんだよ。”
私は自分の名前が出て硬直した。
あきえは、私がわざと吐いたと思っていた。
”あの子はいつもそうでしょ?自分に皆の視線と注目がほしいの。”あきえが鼻で笑いながら言った。
”さとえはまだ6歳よ?別にいいじゃない。”ゆきえの声が強まった。
”さあ、どうでしょうね。あの子、きっと全部理解してやってるよ。赤ちゃんの頃から不気味だもん。”
不気味。
心臓のバクバクが耳にまできて、その後が聞き取れなかった。
私は足早に自分の部屋に戻った。
ベッドに潜り込み、バクバクな心臓音で気分が悪かった。
あきえは、
私の事が嫌い。
おねえちゃんは、私の事が嫌いだったんだ。
生まれた時から。
6歳の私にはこう理解しかできなかった。
私は悲しかった。
おばあちゃんに聞こえないように、
声を殺して泣いた。
記憶の中の、数少ないあきえとの思い出が頭の中を巡った。
幼稚園でのお迎え。
ブランコを押してくれた姉。
庭で一緒にバスケットボールを遊んだ姉。
髪を結んでくれた姉。
キャンディーをくれた姉。
どのあきえの、私に向けた笑顔が、
この夜、私の中で鬼の顔となった。